元素・同位体、放射線、放射能について理解を深めたところで、トリチウムについてまとめてみた。
トリチウムについて
水素 1H、その同位体である重水素(デューテリウム) D(=2H)、トリチウム(三重水素) T(=3H)は、それぞれ中性子の数が0、1、2で、質量が異なる。原子核の周りの電子はいずれも1で、化学的性質はほぼ同じ。
重水素、トリチウムの発見は、それぞれ1931年、1934年。
地球大気の成分は窒素、酸素が大半を占め、水素は通常、水蒸気(水)として存在している。
重水素もトリチウムも化学的性質はあまり変わらないので、重水(水蒸気)、トリチウム水(水蒸気)として存在している。
水素分子はH2の他、HD、D2、HT、DT、T2の組み合わせがあり、水分子もH2Oの他、HDO、D2O、HTO、DTO、T2Oがあるが、
天然存在比はH ≫ D ≫ Tで、
HD、HT ≫ D2、DT、T2だから、
重水はHDO、トリチウム水はHTOが多い。
通常の水 H2Oは軽水。軽水炉の軽水。
重水素は安定同位体だが、放射性水素であるトリチウムは、β(ベータ)線を出しながらヘリウム3に変わっていく。γ(ガンマ)線は出さない。
T → 3He + e-(β線) + 反ニュートリノ
トリチウムの半減期は12.3年。
弱いβ線で外部被曝による影響はほぼない。
放射線を出さなくても高濃度の重水を飲めば障害を来たす。
トリチウムの発生
- 宇宙由来
宇宙線が窒素、酸素と反応して生成。
14N + 中性子 1n → 12C + T
16O + 1n → 14N + T
- 核燃料等由来
ウラン235の(三体)核分裂。
10B(ホウ素10) + 1n → 2 × 4He + T
6Li(リチウム6) + 1n → 4He + T
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重水中の重水素から生成。
D + 1n → T
重水炉から多く生成されるが、日本の商用原子炉はみな軽水炉。
福島第一原子力発電所(以下、原発)事故の場合、燃料が格納容器の底に溶け落ちてデブリ化したまま回収できず、燃料冷却水と接触して様々な放射性物質(核種)を含んだ汚染水が発生。建屋に流入する地下水が加わり、この汚染水の中にトリチウムも含まれている。
汚染水から放射性セシウム、放射性ストロンチウムを除去して、
さらに多核種除去設備「ALPS」で62の放射性物質を除去した水が「ALPS処理水」。
しかし、トリチウムは除去されず、トリチウム水としてタンクへ。
トリチウムの濃度
ベクレル値 Bqが同じでも放射性物質が違えば人体への影響(シーベルト値 Sv)も違ってくる。
前回触れたようにベクレルからシーベルトへの換算は線量換算係数を使うと容易だが、
経口摂取(食道から)かつ成人の場合、
トリチウム --- 1.8×10-8[mSv/Bq] = 0.000018[μSv/Bq]
カリウム40(食物に含まれる) --- 6.2×10-6[mSv/Bq] = 0.0062[μSv/Bq]
セシウム137 --- 1.3×10-5[mSv/Bq] = 0.013[μSv/Bq]
トリチウム水の場合、1.8×10-8[mSv/Bq]だが、
有機物中のトリチウムは、4.2×10-8[mSv/Bq]。
摂取されたトリチウム水の一部は、有機物(生体分子)と結合して体内に(比較的)長く留まる。
各種係数の細かいところまでは分からないが、目安として例えば、
1.3×10-5/1.8×10-8 = 722
なので、セシウム137はトリチウムの722倍人体への影響がある。
トリチウム水は、
108(=1億)[Bq/l]掛けると1lあたり1.8mSv
107(=1000万)[Bq/l]で1lあたり0.18mSv
となる。
海・河川および雨水中のトリチウム濃度は場所や時期によって値が変わるが、1[Bq/l]未満から1[Bq/l]前後、高くても1lあたり数Bq。
かつて世界の国々が核実験を行っていた時代、1963年に日本でも100[Bq/l]超。
一応、WHO(世界保健機関)が定める飲料水のトリチウム濃度限度が10000[Bq/l]。
1lあたり0.00018mSv。毎日2.6l × 365日で0.17mSv。
EUは100[Bq/l]。
日本は飲料水について特に定められていないが、海洋排出時のトリチウム濃度限度が60000[Bq/l]。
1lあたり0.00108mSv。毎日2.6l × 365日で1.02mSv。
大気排出時の濃度限度は5[Bq/l]。
「ALPS処理水」のトリチウム濃度は、2020年時点で平均約73万[Bq/l]。大まかにみて100万[Bq/l]レベル。
トリチウムの放出量
濃度だけ規制しても放出し続ければ、放出総量は増えていく。
2021年4月時点、福島第一原発の処理水の貯蔵量は126万m3超(うちALPS等の処理水約124万m3、ストロンチウム処理水約2万m3)。敷地内のタンク約1060基。
※ 東京電力HPから
トリチウム総量推定約860兆Bq。
兆だから大きい数に違いないが、どの程度影響があるのかなかなか把握しづらい。
福島第一原発の事故前のトリチウム水放出管理目標値が年間22兆Bq。
2010年の放出量は、その1/10の約2.2兆Bq。
発電所によって目標値(ないし基準値)、放出量はまちまち。
佐賀県玄海原発の2010年の放出量が100兆Bq。
国内全原発の事故前5年間の平均放出量が約380兆Bq。
海外にはもっと放出量が多い発電所があるが、使用済み燃料の再処理工場は、発電所以上に放出量が多い。
France ラ・アーグ --- 液体(トリチウム水):約1.2京(=12000兆)Bq、気体:約70兆Bq。
また、1945年-1963年の核実験由来が、1.8×1020-2.4×1020Bq。
1.8-2.4核じゃなくて1.8-2.4垓(がい)。
※ 参考)『経済産業省 トリチウム水タスクフォース報告書 平成28年6月』など
追)エネ百科 … 『世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量』(www.ene100.jp/zumen/4-3-1)によると
チャイナ 遼寧 紅沿河:90兆Bq(2021年)、浙江 秦山:143兆Bq(2020年)、福建 寧徳:102兆Bq(2021年)、広東 陽江:112兆Bq(2021年)
トリチウム水の処分について
半減期12.3年のトリチウムは10年で4割近く自然に減っていくので、これまでどおりタンクの増設・長期保管も考えられるが、
昨年(2020年)末、敷地満杯となる約137万m3までタンクを増設し、2022年夏以降、その上限に達する見込みなので、
- 海洋放出
- 大気放出(水蒸気放出)
- 水素放出 ・・・ 電気分解等で水素分離
- 地下埋設
- 地層注入
といった処分方法が検討されて、先日(2021年4月)海洋放出が正式に選ばれた。
タンク内のトリチウムは、既に運用中の基準1500[Bq/l]以下に薄め、その他の核種も基準以下にして海へ流す---。
除去ではなく希釈なので、約860兆Bqは海へ流れることになるが、当面は年間22兆Bq以下で放出し、30年-40年後の廃炉完了までに全て放出し終える方針。
ざっと見てきた限りでは、たちまち障害起こすレベルではないようだが、
除去してくれれば格好良かった。
トリチウム水の除去(分離)技術は開発されているが、(比較的)低濃度(おおよそ100万[Bq/l]レベル)かつ大容量(100万m3)のトリチウム水の処理は前例がなく、まだ実用レベルには達していないらしい。
それでも除去(分離)すべく模索し続ける必要がある。
今後、青森県六ヶ所村にある使用済み燃料の再処理工場が稼動すれば、発電所以上にトリチウムが放出され続ける。
トリチウム水の放出管理目標値は年間9700兆Bq(2018年の変更前は1.8京(=18000兆)Bqだった)。現在問題になっている約860兆Bqの10倍超。
東京電力『トリチウムの分離技術に関する新たな技術動向について、継続的に注視していきます』、とのこと。
※ 2018年 アルミニウム粉末焼結多孔質フィルターでトリチウム水分離 --- 近畿大学、東洋アルミニウム
追)2022年 多孔性材料で効率良く重水分離。トリチウム水分離も可能 --- 京都大学
地元の人にとっては事故前の海が比較対象だから、海洋放出に反対するのは当然。
一方、濃度、放出量とも基準以下にして放出するのであれば、電力会社としてはやれるだけのことはやっている。放出量の目標(基準)は、まちまちすぎてよく分からないが、福島は比較的低め。
10年経っても100年経っても平行線は平行線。
毒性0を目指す安全・安心と安全基準を満たせば「科学的に安全」という2通りの安全があって、「安全」と言われながら安全ではなかった過去がある。いわゆる公害。
食物からの放射線被曝の日本平均は世界平均よりも高く、魚介類・海藻類をよく食べることと関係している。
世界の国々が流しているから流します、ではなく
海洋国家として他の国々に対し、海に流さないよう言える立場であってほしい。
風評 --- 世間の評判。一例)○○党はダメだ
水に流す --- 『過去のことをとやかく言わず、すべてなかったこととする』
海に流す --- 仕方ない