散歩の途中、どこ歩いているのか分からなくなって一休みした公園に立派な石碑があった。
芥川龍之介 「蜜柑」。
吉倉(よしくら)公園というところで、横須賀線の線路の向こうが海。
鉄道も国道もトンネルとトンネルの間にあって、たいていの場合、通り過ぎてしまうところだが、気づかぬまま線路の上を越えて、再び線路の上を越えて、下りてきたところがここ吉倉だった。
「蜜柑」ってどんなんだっけと思って本棚探したらあった。10分で読める短編。要約すると
汽車の時代の横須賀。
トンネルの中で窓を開けようとする小娘。
小娘ーっ、ゴホッゴホッ。
あーそーゆーことかー
とゆー話。
芥川龍之介は学校卒業後一時期、横須賀の海軍機関学校に務め、横須賀と鎌倉を行き来していたとのこと。
その大正の時代、横須賀駅が横須賀線の終点(ターミナル)だった。
読んでみたら、
横須賀駅を発車してトンネル入って出て、またトンネル入って出た先、もしかしたらもう1つ先が、
蜜柑蜜柑蜜柑……の場所なので、
その場所は石碑のある吉倉ではなく、
その先の長浦~田浦あたり、田浦駅の近くが合致するのではなかろうか。
JR横須賀駅 - 【吉倉トンネル】 - 吉倉町 - 【田の浦トンネル】 - 長浦町 - 【長浦トンネル】 - 田浦港町 - 【七釜トンネル】 - JR田浦駅
長浦トンネルがモデルとのこと。
確かにそんな気がする。
横須賀駅もトンネルとトンネルの間。
かつての横浜~横須賀ルート・浦賀道はもっと山側の十三峠を通っていたので、横須賀駅~田浦駅は結構秘境っぽいところだったようだ。
そして横須賀基地がある。
ざぼん
或曇った秋の日暮れである。
私は横須賀駅で久里浜行きの列車に乗って、空いている席に腰を下ろした。
追って、重そうな荷物を両手に吊り下げた金髪の「娘」が同じ車両に飛び乗って、私の真向かいに腰を下ろした。
細身の肢体にそぐわない胸元。私は一瞬違和感を覚え、視線を斜めにそらした。あいにくドアの傍にいた怪しげな男と目が合ってしまったので、即座にポッケットからスマートフォンを取り出してニュースを見始めた。
世間はあまりに凡々な出来事ばかりで持ち切っていた。
コロナウイルス、保身政党の総裁選、新婦新郎、カジノ汚職事件、LGBT---。
一切がくだらなくなって、スマートフォンの電源を切ると、眼をつぶって、うつらうつらし始めた。
列車は発車して間もなく横須賀線で一番長いトンネルに入った。
ビビッ、ビビッ、ピシッ。窓ガラスが今にも割れそうな音を立てている。
ボンッ、キュッ、ボンッ。
目をつぶったままでもトンネルを抜けたことが分かる。
たとえ天が曇っていたとしても。
たとえ日が沈もうとしても。
重くなりかけた瞼を思い切って開くと、眩い色した2つのざぼんが視界に飛び込んできた。
ざぼんは「娘」の足元に置いてある2つの荷物の上に乗せられていた。
ハッ。
私は刹那に一切を了解した。
私はこの時初めて、不可解な世の中をわずかに忘れ、一瞬の間に感じた自らの感覚が決して間違っていなかったことを確認することができた。
世も末だわ。
私は席をたち、列車の進行方向へ歩いた。
もうすぐターミナル。